理念|からふるにこめた想い
表現は、生きることのかけらです。
わたしには、絵や詩や音楽に救われた時間があります。
誰にも言えなかった気持ちを、筆に託した日。
爆発しそうな衝動を、身体を動かして解放した夜。
なんでもない線が、いつのまにか涙を呼び出していた朝。
双極性障害という波のなかで、
わたしは何度も、「ここにいていいのか」と問い続けました。
でも、自分のなかにあるものを“出す”ことでしか、
その問いに応える術を持てなかったのです。
だから、描きました。書きました。泣きました。
誰にも届かなくていい。ただ、自分のなかにあるものを、自分の手で受けとめたかった。
それが、わたしにとっての「表現」でした。
誰にでも、「色」はある。
上手に描けることが正しいわけじゃない。
伝わる言葉でなくても、意味のある作品でなくてもかまわない。
表現とは、本来そういうものだったはずです。
わたしたちは、「色」を持って生まれてきました。
その色は、言葉にできない感情だったり、
名前のない衝動だったり、
あるいは、誰にも見せたことのない夢かもしれません。
でも、その色を表に出すことを、
わたしたちはいつからか、恐れるようになってしまった。
否定されるかもしれない。
理解されないかもしれない。
傷つくかもしれない。
だからわたしは、思うのです。
「出していいんだよ」と伝える場所が、必要だと。
愛は、表現の中にある。
からふるは、アート教室であり、アトリエであり、でももっと根っこの部分では、「表現と愛を取り戻す場所」です。
誰かに見せるためのものではなく、
自分の奥深くにある何かを、そっと見つめ、
ゆっくり形にしていく時間。
それは、まぎれもなく愛の営みだと思うのです。
自分を信じること。
他人を否定しないこと。
わからないものを「わからないまま」受けとめること。
これらは、すべて愛であり、表現であり、
「生きる」ということの、ほんとうの姿ではないでしょうか。
だから、「からふる」は生まれました。
この場所が、誰かにとっての避難所であったらうれしい。
表現することを、やめずにいられる灯りであったらうれしい。
いつかその表現が、別の誰かの痛みを照らすなら、それは奇跡です。
でも、奇跡じゃなくてもいい。
ただ、あなたがここにいるだけで、充分なんです。
出したいときに、出したいものを、出していい。
そういう場が、あなたの世界にあってもいいと思うのです。
表現は、あいまいで、未完成で、でも確かに美しい。
「からふる」という名前には、色のちがい、感情のちがい、人生のちがい、
それらすべてが混ざりあって、一つの世界を描くことができる、という願いが込められています。
色が違うからこそ、出会える。
形にならないからこそ、ひびき合える。
その不完全さを、わたしは美しいと思います。
からふるは、あなたの「まだ形になっていない何か」と出会うための場所です。
表現は、あなたがあなたであるための、一番自由な方法です。
そして、そこにはきっと、愛があります。
代表挨拶
はじめまして。からふる代表の、こいちゃんです。
わたし自身、長く「表現」に救われてきた人間です。
双極性障害という波のなかで、どうにもならない感情や衝動を
どうにかして形にしたくて——絵を描いたり、詩を書いたり、音楽を流したり、
ときには身体を動かしたりしながら、なんとか自分を見失わずに生きてきました。
うまく話せなくても、うまく生きられなくても、
「いまのわたし」をそのまま出せる場所が、ほんの少しでもあれば。
それだけで、呼吸がしやすくなることがあるのだと、実感をもって知っています。
でも、表現ってすごく大げさに考えられがちです。
うまく描けなきゃいけない、とか、見せるために完成させなきゃいけない、とか。
わたしは、それよりももっと手前の、「ただ、出すだけの表現」を信じたい。
だから、「からふる」という場所をつくりました。
からふるは、子どもたちが自由に描けるアート教室でもあり、
大人が自分の内側に触れるための表現の場でもあり、
誰かの創作が、そっと誰かに届く小さな循環でもあります。
表現がうまくなることよりも、
「出していいんだ」と思えることのほうが、ずっと大事。
この場所が、そのきっかけになれたら嬉しいです。
まだ形になっていない何かを、
一緒に、ゆっくり、探していきましょう。
からふる
代表 小泉 毅洋